「大坂夏の陣（１６１５）」豊臣vs徳川が終戦。家康を追い詰めるも一歩及ばず！

交渉は決裂。再戦へ！

　豊臣の牢人衆らは再戦の準備を行なおうとする不穏な動きに対し、徳川家康は豊臣方に大阪城からの退去を求めていました。しかし豊臣内部では退去派と開戦派に分かれて内部分裂状態となっており、結局は家康の要求に応じずにいました。

　そして慶長２０年（１６１５）４月１６日、家康は去る１２日に大阪が牢人衆に金銀を分配し、武具等の準備が始まってあわただしくなったとの報を聞き（『駿府記』）、これに激怒しますが、これを知った豊臣方は大阪で武器や馬の売買禁止を命じ、違反者は成敗してもよいという通達をだしたといいます（『北川遺書記』）。

　『駿府記』によれば、４月１９日、家康は負傷した大野治長の見舞いとして治長実弟・大野治純を派遣して、襲撃した者を報告するように命じており、犯人が分かり次第こちらで処罰する旨を伝えていますが、その一方で『大日本史料』では、徳川方と豊臣方の交渉はこの日に決裂となり、幕府が諸大名らに出陣命令を出したといいます。

　４月２２日には家康と秀忠が二条城で会談（『駿府記』）。これは夏の陣に向けての軍議とみられています。

豊臣方が戦端ひらく「郡山城の戦い」

　４月２６日、大野治房隊が出陣し、暗峠を越えて大和国へ侵入し、郡山城へ迫りました。城を守備していた徳川方の筒井定慶は「敵は大軍」との報告を受けて逃亡。これは物見が誤認したことによるものでしたが、豊臣方は翌２７日に難なく大和郡山城を陥落させました。（郡山城の戦い）。

　その後は奈良に向かい、２８日には法隆寺付近に放火するも、徳川方の接近を知って郡山城も放棄して大坂城へ撤退しました。なお、同日に弟の大野治胤は兄・治房の命を受けて徳川方の兵站基地であった堺を焼き打ちさせています。治胤隊の一部はその先の岸和田城の小出吉英を攻めたといいます。

　このように大坂夏の陣は豊臣方の先制攻撃ではじまったのです。

「樫井の戦い」塙団右衛門、死す！

　豊臣方は紀伊国・和歌山城主の浅野長晟への攻撃を決定します。浅野氏は豊臣恩顧の大名であり、豊臣方は味方になることを期待して使者を２度にもわたって送っていましたが、浅野長晟はこれを拒否したのです。

　豊臣方は紀伊や和泉など各地の侍らに一揆を呼びかけ、浅野長晟を挟撃しようとの作戦をたてており、大野治房をはじめ、大野治胤、塙団右衛門らが４月２８日に大阪城を出陣しました。

　一方、浅野長晟は幕府から出陣の命を受けていたにもかかわらず、国内で一揆の兆候があるとして見合わせていました。しかし、催促を受けて同日に５０００程の兵で和歌山城を出陣。浅野隊は和泉国佐野で豊臣方の先鋒隊を発見すると、亀田高綱の進言で迎撃に有利な樫井まで退却することにしました。

　なお、この地では浅野の先鋒隊が一揆を指揮するために出向いていた大野治長の家臣と遭遇。これを捕えて殺害しています。一方で豊臣方の先鋒・塙塙団右衛門、岡部則綱らは我先にと功を焦って競い合い、後続の隊を待たずに退却した浅野隊の追撃をしてしまうのです。

　こうした中の４月２９日、塙団右衛門、岡部則綱と浅野隊の殿となった亀田高綱との戦いが始まりました。

　亀田は巧みな遅滞戦術で樫井まで誘い込むと、味方の救援を得て塙・岡部隊と交戦。激戦の末、岡部は敗走、塙は討ち取られてしまいます。後続の大野治房は一揆勢の蜂起の合図を待っていましたが、先鋒隊の敗戦の報を聞いて驚くと、急いで樫井へ向かいます。しかし、既に浅野隊は撤退していたため、やむをえず大坂城に引き返すことになりました。

豊臣方の作戦は？

　４月３０日には、大坂城内で軍議が開かれます。軍議では大阪冬の陣のときの徳川方の進路を参考にして、徳川方が軍を二手に分けて河内平野へ進出、そして大阪城の南に位置する道明寺で合流して北上して大阪城へ進軍してくると予想しました。

• 家康本陣：二条城（山城国）→大和国→生駒山系を抜けて河内国へ→国分（河内国）
• 秀忠の軍：伏見城（山城国）→東高野街道を南下（河内国）

　そこで後藤又兵衛が以下のように主張し、これが受け入れられて作戦が実行されることとなりました。

1. 河内平野へ徳川の大軍が集結、展開してしまったら勝利することは難しい
2. 山岳地帯を利用して少数で大軍を迎撃するのに効果的な場所を制圧し、進軍を防ぐ必要がある
3. 機先を制すれば、敵は大和郡山まで退却する
4. その後、再び敵が動くまでの間に臨機応変に戦略を立てる

　しかし、豊臣方の想定と違って家康本陣と秀忠ら約１３万の軍勢は河内国から進軍、大和方面からは伊達政宗や本多忠政ら３万５千余の軍勢が道明寺に向かって進軍していました。

　こうして豊臣方は大阪城の南に位置する道明寺方面に後藤又兵衛・薄田兼相・明石全登・真田幸村・毛利勝永・渡辺糺ら合計１万８千ほどの軍勢が、大阪城の東の湿地帯である若江・八尾方面には木村重成・長宗我部盛親らの軍勢が向かい、それぞれの地において徳川との激闘を迎えることになります。

道明寺の戦い

　５月１日、豊臣方の後藤又兵衛・毛利勝永・真田幸村らの隊が大坂城を出陣。５月５日に豊臣方は河内国平野の宿営地で、同日夜半に出発して道明寺に集結してから国分に進んで狭い地で迎撃するという作戦を取り決めます。

　しかし、この時点で既に作戦は破綻していました。徳川方はすでに同日早朝に水野勝成隊らが道明寺東の国分に到着して布陣していたのです。

孤立する後藤又兵衛

　豊臣方はこれを全く知らずに道明寺へ向けて出発しますが、この日は濃霧であったため、後続の真田・毛利隊は先行する後藤軍に大きく遅れをとっていたといいます。

　日が変わって５月６日、先に道明寺に到着して他の隊を待っていた後藤隊でしたが、幸村ら後続隊はおろか、先鋒の薄田・明石隊らも未だ到着せずにいました。そして、又兵衛は徳川の大軍がすでに国分村に進出していることを知ると、果敢にも独断で国分に向かい、小松山（現在の玉手山公園一帯）に駆けあがって陣を構えたのです。

遅れて到着となった後続の隊

　又兵衛が討たれて後藤隊は総崩れ。豊臣方は追撃によって道明寺まで押し進められてしまいますが、ここでようやく薄田兼相・明石全登らの隊が到着して迎撃しました。

　明石隊は後藤隊の後詰として参戦しますが、逃げてきた後藤隊の混乱に巻き込まれたようで、明石全登は射撃を受けて負傷して後退したと伝わっています（『１６・１７世紀イエズス会日本報告集』）。

　薄田は自ら太刀を振るって奮戦するも戦死、残りの部隊は誉田村方面に後退を余儀なくされた。また、渡辺糺隊も大損害を受けています。


　幸村らが敵の侵攻を食い止めることに成功すると、徳川方は陣を建て直し、両軍が対峙してにらみ合いの状態になったといいます。

　水野勝成（徳川方）は攻撃の機会をうかがっていましたが、真田隊の側面攻撃を恐れて伊達政宗に真田隊を追撃するよう申し入れたが、政宗は多くの死傷者がでていること、弾薬が底をつきそうなことを理由にこれを拒否したといいます。

　こうした中、午後２時半頃に大坂城から八尾・若江の戦いでの敗戦の報と、退却の命令が豊臣軍に伝えられると、午後４時ごろ、豊臣方は徳川軍が動く様子がないのを確認して撤退したといいます（『水野日向守覚書』）。

　このとき真田隊が殿を務めたというも話がありますが、これは定かではありません。真田隊は茶臼山まで引き上げ（『長澤聞書』）、この戦いで真田大助が槍傷を受けるなど真田隊の死傷者は少なくなく、その戦力は低下していたといいます（『大日本史料』）。

史実ではない？

　以上、道明寺の戦いについて大体の通説を記したのですが、これはすべてが史実ではないようです。

　通説では、合戦当日が濃霧であったことから真田や毛利隊の到着が遅れて後藤又兵衛が孤立していますが、実際には真田や毛利隊は遅れることなく最初から道明寺に布陣していたとみられているのです。

八尾・若江の戦い

　一方、道明寺の戦いと同日の５月６日の午前２時頃、木村重成や長宗我部盛親らの隊が大阪城を出発、大阪城東からの徳川軍の進軍を防ぐべく、若江・八尾方面へと向かっていました。

　道明寺に向かって進軍していた徳川方の藤堂高虎・井伊直孝隊ら先鋒は、この動きを察知して若江・八尾方面へと舵を切ります。

　長宗我部隊は八尾に進軍。そして木村隊は若江に進軍し、午前５時頃には着陣して敵に備えて兵を３つに分けています。

　戦いは長宗我部隊の先鋒・吉田重親が藤堂高吉の率いる藤堂隊の中備えの部隊の攻撃を受けて始まり、吉田重親が戦死して長宗我部の先鋒が敗走すると、木村隊がその敗兵を収容。そして、先鋒の敗戦を知った長宗我部盛親は、長瀬川で迎撃の体勢を取りました。

長宗我部盛親と八尾の戦い

　八尾では軍を４つに分けていた藤堂隊が玉串川を越えて長宗我部本陣に迫ってきました。敵は藤堂左先手の大将・藤堂高刑とその配下の桑名吉成、そして、藤堂高虎の旗本・藤堂氏勝らです。

　長宗我部盛親は自陣への鉄砲射撃がないと見るや、馬を下りて槍を持たせて堤防の上に伏せて敵の不意を突くという作戦を立案。長宗我部隊は藤堂隊が接近してくると、十分に引きつけてから一斉に槍を突き上げて攻撃、その後、激しい白兵戦を展開していきます。

　藤堂隊を混乱させた盛親のこの作戦は大成功を収め、藤堂高刑・桑名吉成・藤堂氏勝らを討ち取る大功をたて、藤堂左先手を壊滅させたのです。

木村重成の最期と長宗我部隊の撤退

　しかし、時間の経過とともに若江方面では木村隊の戦局が一転します。

　木村隊にやられたままで引き下がれない井伊直孝は決死の覚悟で総攻撃をしかけてきて、これに木村隊も総力戦で臨んだため、両者間で激しい戦闘となるのです。

　木村隊は度重なる戦闘で疲労が蓄積しており、重成は家臣から一旦退くように忠告を受けていましたが、これに耳を傾けないで戦いを続けました。ついには指揮官の重成が討ち死に、木村隊は壊滅となりました。

　八尾では長宗我部隊が正午頃まで戦いをしていましたが、若江での木村重成の敗報を知った盛親は大坂城への撤退を余儀なくされます。

豊臣方、最後の軍議

　５月６日、豊臣軍は徳川の大軍の集結を防ぐべく、道明寺・八尾・若江で迎撃したものの、各々敗れて退却を余儀なくされました。

　この時点で豊臣方の有力武将としては塙団右衛門、後藤又兵衛、木村重成、薄田兼相らが既に討ち死に。また、長宗我部盛親は戦場での孤立を恐れて撤退したものの、未だ大阪に戻らずに行方知れずでした。

　一方、真田幸村は茶臼山に引き上げ、大野治房らも茶臼山に布陣した。徳川が敗軍を追撃して大阪城に侵攻する恐れがあり、迎撃の準備をしていました。

　こうした状況の中、秀頼から徳川との最終決戦に向けて作戦をたてているとの報が入り、豊臣軍は全軍が一旦大阪城へ引き上げることとなったようです。

　『大阪御陣覚書』によれば、豊臣方の作戦とは以下のような手順のものでした。

1. 真田・毛利らの隊が天王寺近辺に布陣。
2. 別働隊と明石全登隊が大阪城の西の船場に布陣。
3. 徳川軍を天王寺に引きよせて決戦を迎える。
4. その間、明石隊が寺町筋の勝鬘院の下に移動して、茶臼山の南に回り込み、阿倍野へ押しあがり、徳川軍の背後をつく。
5. 引きつけた徳川軍を前後から挟撃する。

　この作戦は幸村や毛利勝永らだけでなく、大野兄弟ら豊臣首脳も合意したものであったといいます。

　一方、岡山口では大野治房隊が布陣することとなった。ただ、先の戦いで塙団右衛門を見捨てた岡部則綱を許せないとして内輪もめが発生したようであり、岡部の追放を迫った者らは隊を離れて、真田・毛利隊のほうへ移動したといいます。

　こうして豊臣方は天王寺口と岡山口に総力を結集させて布陣し、徳川との最終決戦に臨むことにしたのです。


※出所：by Jmho(2006/10/31)-大坂夏の陣：天王寺・岡山合戦布陣図 / CC-BY-SA 3.0 Adapted.）

最終決戦の幕開け

　翌５月７日、天王寺と岡山に布陣した豊臣方の兵は７、８万程であったといいます。豊臣軍は徳川が先に動くのをねらっていましたが、家康もまた、全軍にむやみに開戦しないよう命じていたこともあり、しばらくの間、双方は対陣してにらみ合いを続けていました。

　家康はこの戦いで若年の息子・義直と頼宣に実戦をみせて今後の教訓にさせようとしていたといい、また、使者を大阪に派遣して、秀頼に降伏を促し、他国への国替を要求したといいます。徳川の諸将らはいつまでも開戦しない状況に焦っていたようであり、彼らは豊臣方が日暮れになるのを待っていると考え、すぐにでも開戦することが勝利の近道であると、家康に訴えていました（『大阪御陣覚書』）

鉄砲の競り合いが始まる

　こうした対陣の中、ついに徳川方の仕掛けで戦いは始まりました。

　最初に仕掛けたのは徳川の松平忠直隊であったといい（『福富覚書』『慶長見聞集』ほか）、本多忠朝も進軍して鉄砲を激しく撃ちかけたが、大阪の反撃で徳川兵の多くが死傷したといいます（『大日本史料』）。

　松平忠直は前日の戦いで家康に叱責されており、功をあげるために必死だったからか、夜が明ける頃には、軍令違反を犯してまで天王寺口に到達していたとみられています。また、同じく家康に叱責されて思いつめていた本多忠朝も張り出して布陣していました。（『福富覚書』）

　一方、茶臼山から徳川方の様子をうかがっていた幸村は、秀頼本隊がまだ出陣していないのに開戦してしまったことに驚き、これを制止しようとしましたが、敵の収まらない攻撃に毛利隊も反撃せざるを得ず、やがて両者の距離は近づいて射撃はより激しさを増していったといいます。

秀頼出陣を促す幸村

　こうした中、幸村は息子・大助を呼び出し、大阪城に戻って秀頼公の側で最後まで付き従うように命じました。これは真田大助が前日の道明寺の戦いで負傷していたのに加え、徳川方への内通を疑われていた幸村自身が、暗に豊臣への人質としてその疑いを晴らすという意図がありました。

　これに大助は納得せず、父とともに戦って戦死することを再三願いましたが、幸村はこれを許さずに言い聞かせたといい、大助はしぶしぶ大阪城へ向かいました。

　幸村は徳川軍が接近してくる状況の中、秀頼がまだ天王寺口に姿を現さないため、大阪城に寺尾勝右衛門を派遣して出馬を要請。秀頼は出陣準備をしており、近親の今木源右衛門（浅井一政）を返事の使者として出します。

　秀頼の返答は "自分の出馬を合図として合戦を始めるという、かねてからの作戦どおりにせよ。" とのことであり、これを受けて幸村は山を下りて戦闘準備に入ったようです。

今木源右衛門の動き

　今木は徳川方が接近してきたため、幸村の許可を得て敵前視察を行ない、一旦帰陣。そして、豊臣と徳川とが鬨の声をあげて衝突したのは午の刻（＝正午の前後２時間頃）であったといいます（『大日本史料』）。

　そのころに今木も果敢に動きだして敵の首級をあげましたが、ちょうどこの頃に真田隊と松平隊の鉄砲競り合いが開始されたとみられ、今木はあたり一面が真っ黒な煙で覆われて周囲が全く見えなくなったといいます。（『浅井一政自記』）

　その後、今木は秀頼のことが気がかりで大阪城に戻っていきました。

両軍の戦いが徐々に激化

　毛利隊は鉄砲競り合いで徳川方との間合いが近づいてくると、頃合いをみて本多忠朝隊に突入。ここから毛利隊の凄まじい攻撃が展開されていきます。

毛利隊の快進撃

　まずは毛利隊の右先手でお市の方の次男・浅井井頼の隊が本多忠朝隊と激突、さらに毛利隊の左先手も攻撃に加わって猛攻撃を加えました。本多忠朝は死を覚悟しており、小勢でありながら果敢にも前進してきましたが、乱戦の中で討ち死にを果たしました。

　浅井井頼隊は本多忠朝隊を撃退した後、続いて松平忠直隊を攻撃。一方で毛利隊の左先手は、真田信吉・信政兄弟の軍勢に突入してこれを撃破。真田隊では多くの真田家臣らが死傷したといいます。

　これに毛利隊の東に布陣していた大野治長隊と交戦していた小笠原秀政隊は治長隊と戦いつつも、毛利隊の背後を突こうとしましたが、勢いにのる毛利隊の猛攻に遭って崩壊。小笠原秀政はこのとき重傷を負ってまもなく死去しています。

　一方、真田隊も松平軍との鉄砲競り合いを得て、毛利と激戦を展開していた小笠原秀政隊の左に出て、越前軍に突撃を開始しました。

徳川方の味方崩れ

　徳川軍は豊臣を大きく上回る１５万程の軍勢であり、しかも今回の戦いは大阪城での籠城戦ではなく、野戦であったことから圧倒的優位のはずでした。

　しかし、あまりの大軍であるがゆえ、徳川方の各隊に家康や秀忠の命令が必ず届くといった状況ではなく、徳川の諸大名らは思い思いに行動し、全体の統制がとれていませんでした。また、元々豊臣家に縁のある大名らも徳川方に多くいたため、各隊が互いに牽制する動きをとるなど、猜疑心も蔓延していました。

　そして、天王寺で真田や毛利隊が激戦を繰り広げる中、豊臣方に絶好の機が訪れます。

　徳川方の和歌山城主・浅野長晟が出陣し、天王寺口の西側を通り、大阪城へ向かおうとしていました。浅野長晟は豊臣五奉行の浅野長政の次男であり、大阪の陣の際にも豊臣方から味方になるよう誘われるほど豊臣と縁の深い男です。

　これを見た徳川の将らは勘違いして、浅野が裏切ったとの噂が飛び交い、徳川の各隊は動揺して大規模な味方崩れ（＝兵の逃亡等で隊が崩れること）を起こしてしまったのです。

　大混乱となった天王寺口。幸村や毛利勝永らはこの最大の好機を見逃すはずもなく、家康本陣への突撃を敢行することになります。

家康本陣へ突撃敢行

　大阪夏の陣の最終決戦となった天王寺・岡山の戦いは、前の記事で書いたように、徳川方の味方崩れによって豊臣方に千載一遇のチャンスが訪れました。

　この徳川方の味方崩れ（＝兵の逃亡等で隊が崩れること）は、前線における真田隊や毛利隊の奮闘もありますが、徳川諸将らの実戦経験不足や味方同士の猜疑心などが非常に大きな要因でした。

家康を追い詰める

　この混乱に乗じて毛利隊、真田隊は一気に家康本陣への突撃を開始します。

　毛利勝永はさらに敵陣奥深くへ侵攻すると、榊原康勝・諏訪忠澄の隊を突破し、続いて酒井家次・松平康長・内藤忠興の隊も崩していきました。幸村もまた、交戦していた松平忠直隊が崩れかかった隙をついて、家康本陣へまっすぐ突入しました。

　徳川の各隊が大混乱に陥ったことを耳にした家康は、軍勢の立て直しを図ろうとして旗本衆を派遣しますが、これが最悪の事態を引き起こします。というのも、その旗本衆も味方崩れに巻き込まれ、逃亡者が続出したのです。

　こうした中、真田隊は家康旗本衆の前に布陣していた本田忠政隊とまともに衝突しますが、これを崩すと、ついに家康の旗本衆をとらえます。そして、味方崩れで動揺していた家康の旗本衆はひどく狼狽して、まさかの敗走をはじめると、家康自身も後方に逃げざるを得ない状況となりました。

　その様子は家康の馬印が倒れるほどで、周囲の徳川隊からも本陣が崩れたのがはっきり目撃できたといい、また、『三河物語』によれば、このとき家康に付き従ったのは小栗忠左衛門久次ただ一人だけであり、身分のある旗本らは皆恐怖して逃げ去っていったといいます。

　まさに豊臣方の勝利は目前でした。真田隊や毛利隊がこのまま攻撃を続けていれば、家康を討ち取ったか、自害に追い込んだはずでしたが、結果的にそうはなりませんでした。

なぜ、家康を討ち取れなかったか？

　豊臣方による家康本陣への突撃は当初からの作戦どおりですが、この他の作戦の条件だった "秀頼の出馬" が実現していませんでした。

　秀頼はなぜ出陣していなかったのか？　それは自ら出陣のタイミングを判断できなかったことにあります。

　真田や毛利隊が家康本陣への突撃を敢行していた頃、前線にいた大野治長は秀頼の出馬を促すため、大阪城に戻っていました。大野治長は秀頼から呼び出されたといい、また、幸村と大野治長が相談の上で大阪城に戻っていたようですが、実はこの行動がきっかけで豊臣方敗北の最悪のシナリオが待っていました。

　大野治長は大阪城に向かう際、秀頼の馬印を揚げたまま戻るという致命的なミスを犯してしまっていたのです。

　以下、豊臣方が勝機を逃した流れを整理してみてみましょう。

1. 周囲からは治長が逃亡するように映った
2. タイミング悪く、城内にいた徳川方の内通者が放火し、大阪城から出火した。
3. 周囲からは秀頼が望みを捨て、城に放火したように映った
4. 大阪城に戻った治長は、古傷から出血し、やがて意識不明になった。
5. 事情を何も知らない城内の兵士らは、これをみて豊臣方が敗北したと勘違いした。
6. さらに幸村の命令に従って真田大助が大阪城に戻ってきた。
7. 事情を何も知らない城内の兵士らは、これをみて幸村が敗北して息子を逃がしたと勘違いした。

　こうした結果、豊臣兵は戦意喪失。あと一歩で勝利できる状況でありながら、まさかの味方崩れが引き起こされてしまったのです。

天王寺決戦の敗北

　敗北寸前の徳川方でしが、豊臣の諸隊が逃亡などで瞬く間に崩れかかると、家康は全軍に反撃を下知。そして、大阪城が燃え上がるのを見て勇気づけられた徳川の各隊が一気に攻勢に転じると、数で大いに勝る徳川方が次第に圧倒しはじめました。

崩れる真田隊

　依然、真田隊は松平忠直隊ら徳川の軍勢と奮戦していましたが、家康本陣の窮地に岡山口から駆けつけた井伊直孝隊（一説に藤堂高虎隊とも）の横槍によって隊が崩されたといいます（『大日本史料』『若州聞書』）。

　そして、息を吹き返した徳川の各隊の反撃により、真田隊の死傷者は増えて、ついに隊が散り散りになってしまいました。

大阪城では？

　このころ、大野治長と会って出馬を決断していた秀頼は、船場に待機する明石全登隊に出撃命令を出し、自らもまもなく出陣という時でした。だが、時すでに遅し。まもなくして豊臣方の先手が崩れかかっているとの知らせが入ったのです。

　秀頼は討死覚悟で出撃しようとするが、家臣の速水甲斐守守久に「先手が総崩れした今は出馬しても仕方ない。本丸を固め、いざとなれば自害すべき」と諌められ、ついには出陣せず、秀頼は桜門から千畳敷に引き揚げました。これを見ていた城兵らは絶望し、続々と城から逃亡したといいます。

　ちなみに大阪城の放火であるが、諸史料によれば、火の手が上がった時間は、おおよそ午後２時～３時頃、天守に燃え移ったのが午後４時半過ぎとされており、その様子は京都からも遠望できたといいます。

　また、最初に火をつけた犯人は "大角与左衛門" という者で、秀吉に古くから仕えていた料理人だったようです。

最終決戦に敗れた豊臣

　徳川の反撃で隊が崩壊した真田隊がやむなく撤退を始めると、毛利勝永隊も合戦を中断して退却を始めました。

　一方、船場を出陣していた明石全登隊は、天王寺で徳川勢を背後から襲って挟撃する手筈であったが、完全に機を逃します。そして、明石全登は水野勝成、藤堂高虎らの隊と交戦しましたが、敗退して撤退。その後の行方はわかっていません。

　このように豊臣方は最終決戦で僅かに及ばすに敗退、大阪城への退却を余儀なくされたのです。

幸村の最期

　さて、真田幸村の最期はどうだったのだろうか？　真田隊の残存兵は退却の途中、茶臼山北方付近で防戦しようと奮戦しますが、防ぎきれずに崩壊。このとき、松平忠直隊の西尾仁左衛門に討ち取られたとみられています。

　その最期の様子ですが、通説では幸村は負傷して昼から続いた合戦でくたびれ果てており、まともに手向かいすることもできずに西尾に討ち取られたと伝わっています（『細川家記』）。

　しかし、２０１３年に福井県立図書館保管の松平文庫で見つかった新たな説では、幸村は西尾と戦って討ち取られたとか。以下、新説の内容です。

1. 幸村は馬に乗っていたところ、同じく馬に乗った西尾仁左衛門と出くわした
2. 西尾は "よき敵" に会ったと思い、幸村に言葉をかけて勝負を挑んだ
3. 両者は馬から降りて、鑓を合わせてから戦いを開始した
4. ついに西尾が突き伏せ、兜を着けたままの幸村の首級を掻き取った
5. 幸村は西尾に名乗らなかったため、西尾は首級が誰のものかわからないまま、陣屋に持ち帰った
6. 夕刻になって西尾のもとへ、同僚の花形市左衛門と縫殿之丞の兄弟が見舞いにやって来た
7. 花形兄弟は、首級が真田幸村のものであるとわかり、その死を悼み悲しんだ

　花形兄弟は真田の旧臣であったことから、幸村の顔をよく知っていたから、首級が真田幸村であることは間違いない、と記されています。

　この新説は、幸村を討ち取った西尾本人が書いた手紙の写しであるため、信憑性は高いとみられているようですが、真実は定かではありません。

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【主な参考文献】

• 平山優『真田三代』（PHP研究所、2011年）
• 平山優『真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実』（KADOKAWA、2015年）
• 新人物往来社『真田幸村 野望！大坂の陣』（新人物文庫、2010年）